PRACTICE

実務情報

台湾におけるメタバース技術関連特許

目次

はじめに

2021年に米国ハイテク界のガリバー企業・フェイスブック(Facebook,Inc.)がメタバース技術の開発に投資する決意を表明するために社名をメタ・プラットフォームズ(Meta Platforms,Inc)に改称して以来、メタバース技術は、投資市場において改めてホットな話題となったばかりか、数多の国際的なハイテクメーカーが相次いで研究開発に参入する技術分野となった。通信技術が第4世代移動通信システム(The 4th Generation Mobile Communication Technology,4G)から5Gに発展して以降、技術的な敷居が下がったことでメタバースの実現が脚光を浴びる形となったが、各国の大手ハイテクメーカーは、遡ること2006年には既にメタバース技術の研究開発と特許ポートフォリオの構築を始めていた。本稿では、台湾においてこれまで蓄積されたメタバース技術関連特許の出願の現況と審査実務において観察された現象から、出願人が注意すべき事項を導き出して紹介する。

メタバース技術の紹介と対象範囲

メタバース関連技術の分類には世界的な統一ルールがなく、技術者や研究者においてそれぞれ独自の分類と説明がなされている。本稿では、台湾特許庁(経済部智慧財産局,TIPO)が2022年12月8日に公布した『メタバース概念関連技術分析報告書※1』(以下、「TIPO分析報告書」という)における分類方法を用いてメタバース技術について論理的分類を行うとともに、対象となる技術範囲を特定する。

TIPO分析報告書の分類によれば、その分類の論理として直感的な「ユーザーエクスペリエンス(Userexperience、UX)」を採用し、ユーザーが現実世界からメタバースに入り、メタバースを体験し、最終的に現実世界で直面する課題(これらは技術の発展において解決しようとする課題でもある)に基づいて、メタバースの関連技術を分類している。

簡単に述べると、ユーザーがメタバースに入るには、「表象装置」(ヘッドセット装置および体感・音響効果・嗅覚等の装置)を用いて、「現実と仮想現実との橋渡し」(5G通信およびクラウドコンピューティング、エッジコンピューティングといった情報運用処理関連技術)を介して、現実世界から「現行メタバース」に入ることで体験(インタラクティブ性を向上させたコンピュータビジョン、デジタルツインおよびメタバースプラットフォームを体験)し、そのメタバースのシステム的枠組みにおいて関連する「経済活動」(メタバース経済体系での活動)を行うことになる。最後に、ユーザーがメタバースから現実世界に戻る場合には、それに応じて起こり得る「現実の課題」(VR酔い)に直面することになる。このように、メタバース関連技術の分類は、以下の5つに分けることができる。

(1)表象装置
(2)現実と仮想現実との橋渡し
(3)現行メタバース
(4)メタバースの経済体系
(5)現実面への復帰

本稿では、上述した分類に基づいて出願における審査に対応した提案を行うが、テクノロジーが急速に進歩している状況において、技術面の対象範囲に遺漏があるかもしれない。その点、読者諸賢におかれてはご了承願いたい。

※1 経済部智慧財産局『元宇宙概念相關技術分析報告』(経済部智慧財産局専利二組、 2022年12月8日)
https://topic.tipo.gov.tw/patents-tw/cp-750-916016-0a2d2-101.html

台湾におけるメタバース技術関連特許の現況の紹介

メタバース関連技術分野における台湾と世界の特許出願動向を比較するために、本節では、まず世界の特許出願の動向を紹介し、次いで台湾の特許出願の動向を紹介するとともに両者の相違点・共通点を比較する。

世界のメタバース関連技術特許の分析

TIPO分析報告書における統計資料によれば、2021年12月31日以前に出願された特許に限定した場合、世界のメタバース特許出願の動向は下図1の通りである。

【図1】 世界のメタバース特許出願動向※2

図1から、メタバース特許出願の世界的動向としては、2014年から発展に勢いが出始め、2015年から2017年にかけて急速に成長し、近年(2017年から2021年にかけて)成熟段階に達したことが分かる。

さらに国際特許分類(IPC)から出願動向を見ると、図2、3に示す通り、メタバースの三大IPC技術分類である計算類(G06)、光学類G02)および通信類H04の年間出願動向としては、1998年以前は出願の大部分を占めていたが、2010年から計算類(H06)の出願件数が顕著な伸びを見せ始め、光学類(G02)および通信類H04)これら2分類の特許の出願件数を大きく引き離している。これらの数値から、世界における初期のメタバース特許技術の重心は光学類(G02)および通信類H04)に据えられていたが、その多くがインフラの整備またはユーザー機器の技術的アップデートおよび改良に属するものであったことが伺える。しかしながら、基幹技術の向上に伴い、より多くの応用を生み出そうとすると、より多くの、そしてより複雑なデータ量を計算し処理することができるよう、メタバースの技術は計算類(G06)に集中することになったと考えられる。

※2 TIPO分析報告書124頁

【図2】 世界のメタバース三大IPC分類の出願動向(1992〜2010)※3
【図3】 世界のメタバース三大IPC分類の出願動向(2010〜2021)※4

※3、4 TIPO分析報告書125頁

台湾のメタバース関連技術特許の分析および世界の特許との相違点

TIPO分析報告書における統計資料によれば、2021年12月31日以前に出願された特許に限定した場合、台湾のメタバース特許出願の動向は下図4の通りである。

【図4】 台湾のメタバース特許出願動向※5

図4から、メタバース特許出願の台湾での動向としては、2015年から発展に勢いが出始め、2016年から2018年にかけて急速に成長し、近年(2018年以降)成熟段階に達したことが分かる。この発展動向は、先に述べた世界でのそれ(図1)に類似している。

さらに国際特許分類(IPC)から台湾特許の出願動向を見ると、図5に示す通り、メタバースの三大IPC技術分類である計算類(G06)、光学類(G02)および通信類(H04)の年間出願動向としては、2002年から2009年までは、三大IPC分類の出願動向は類似しており、三者の出願件数に大きな差は見られない。しかしながら、2010年から、計算類(H06)の出願件数が次第に突出し始め、光学類(G02)および通信類(H04)これら2分類の特許の出願件数を次第に大きく引き離すようになっていく。これらの数値から、台湾でのメタバース関連特許出願の技術分類における動向は、世界での概況と一致しており、計算類(G06)が近年の発展の重心に据えられていることが伺える。

【図5】 台湾のメタバース三大IPC分類の出願動向※6

また、台湾でのメタバース関連技術特許の出願人について、累積出願件数で見た場合の出願人上位10社およびそれらの2000年以降の出願動向をそれぞれ図6、7に示す。

※5 TIPO分析報告書224頁
※6 TIPO分析報告書227頁

【図6】 台湾メタバース関連技術特許出願件数(累積)で見た出願人上位10社※7
【図7】 台湾メタバース特許出願人上位10社の2000年以降の出願動向※8

※7 TIPO分析報告書228頁
※8 TIPO分析報告書231頁

これらの数値によれば、出願件数第1位の株式会社半導体エネルギー研究所(Semiconductor Energy Laboratory Co.,Ltd)および同第5位のセイコーエプソン株式会社(Seiko Epson Corporation)は初期にポートフォリオを構築し近年の出願件数は少なくなっている出願人である。その特許出願に係る技術を詳しく見ると、光学類機器の技術に集中している。出願件数第2位から第4位、第6位から第9位の出願人は、台湾のエイチ・ティー・シー(HTC Corporation,宏達国際電子股份有限公司)、エイサー(Acer Inc,宏碁股份有限公司)、メディアテック(Media Tek Inc,聯發科技股份有限公司)、コアトロニック(Coretronic Corporation,中強光電股份有限公司)、米国のクアルコム(Qualcomm,Inc)、メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms,Inc,旧フェイスブック)および中国のアリババグループ(Alibaba Group Holding Limited,阿里巴巴集団控股有限公司)等となっており、初期の特許ポートフォリオは小規模ながら、近年は積極的にポートフォリオ構築を行っている出願人である。とりわけ、エイチ・ティー・シー、エイサー、メディアテックおよびクアルコムは、2017年から積極的にメタバース特許のポートフォリオを構築している。

このように、台湾のメタバース特許の出願動向は全体的に世界でのそれと似通っており、出願人で見た場合は近年台湾企業が中心となって積極的にメタバース特許のポートフォリオを構築しており、台湾メーカーがその技術をもって世界のメタバース産業のサプライチェーンに加わることが見込まれる。また、特筆すべき点として、特許出願分類から見ると、世界の大手ハイテクメーカーが計算類の技術に資源を大量投入してポートフォリオを集中させているのに比べ、台湾ハイテクメーカーは光学および半導体技術にポートフォリオを集中させている。この現象は、台湾の産業形態と一致するものである。

台湾におけるメタバース技術関連特許の出願および審査のポイント

以下、台湾におけるメタバース技術関連特許の出願および審査のポイントの紹介にあたり、技術分野に基づく分類により、前述したユーザーの視点による5つのメタバース技術分類に立ち返って、それぞれの技術分類において考慮すべき技術の成熟度および出願可能な標的について説明するとともに、台湾特許審査の基準を適宜まとめることで、出願と審査のポイントを整理する。

表象装置

簡単に述べると、この技術分類はユーザーがメタバースの仮想世界に入るために身体に装着するデバイスであり、主なコア技術は「ディスプレイ技術」、「アイトラッキング技術」である。この技術分野は既に非常に成熟しており、かつ研究開発の重点がハードウェアの改良からソフトウェアの「計算」へと徐々に移行しつつある。ソフトウェアの「計算」を研究開発の重点とする場合は、台湾の「コンピュータソフトウェア関連発明」に係る実体審査基準(「専利審査基準」第二篇第十二章)を参考にする必要がある※9。簡単に述べると、マルチタスクのデータ処理やデータ統計など、コンピュータの基本的な機能のみを利用した創作は避け、直面した技術課題を具体的に明示するとともに、計算上の改良を通じて課題を解決し得る技術手段を開示しなければ、コンピュータソフトウェア発明の特許実施可能要件を満たすことはできない。

体感装置の体感素子、表象装置における立体音響効果、嗅覚体験などの二次技術については、他の成熟した技術のメタバース技術に係る表象装置への応用の部類に属する。これらの発明においては、審査官に単なる通常の知識の組み合わせに過ぎないと認定されるか否かに注意しなければならない。従って、その発明が進歩性要件を満たすと審査官を説得することが可能となるように、これら成熟した技術をメタバース表象装置に応用するにあたってなされた改良や適応について明確に説明し、簡単な組み合わせとは言えない予期せぬ効果を具体的に説明しなければならない。

※9 直近の「コンピュータソフトウェア関連発明」審査基準の法改正(2021年7月1日公布)の紹介(中国語)
https://topic.tipo.gov.tw/patents-tw/cp-673-893182-61f5d-101.html
同審査基準の和訳は「台湾知的財産権情報サイト」(https://chizai.tw/)にて公開されている 
HOME > 法令・審査基準等 > 審査基準(専利) > 第2篇 特許 実体審査 > 第12章

現実と仮想現実との橋渡し

現実と仮想現実との橋渡しに関する技術は、簡単に言えば、メタバースを構築するインフラと理解することができる。そのため、通信伝送においては、第5世代移動通信システムに関する技術がそれに該当する。第5世代移動通信技術の発展は、第3世代パートナーシッププロジェクト(The 3rd Generation Partnership Project,3GPP)で策定された標準規格の「標準必須特許」(Standard Essential Patent,SEP)に従って行われる。いわゆるSEPは、基本的な機能を達成するために採用される必要な技術手段を開示するものである。従って、この種の技術の発明のほとんどは、SEP実施時の不確実性に対してさらに具体的な下位概念の技術手段を提出することにより拡張発展させていくことができる。つまり、審査官は、審査の観点から、SEPなどの現在の技術の発展を所属する技術分野の基礎的な常識として、出願に係る発明が新規性や進歩性を有するか否かを読み解く。出願人にとっては、審査官がどの技術的基準に立脚して特許を審査するのかを明確に把握できるという利点があり、SEPとは異なり、かつより具体的な技術手段を提示することで、より有利な審査結果を期待することができる。

現行メタバース

この技術内容は、特定の機能を実現するためのアルゴリズムであるコンピュータビジョンに関するコア技術である。上述した通り、コンピュータソフトウェア関連発明の実体審査基準において、アルゴリズムの特許出願に関する審査基準が明確に規定されていることから、出願人は、明細書において、明確な発明の目的を具体的に説明するとともに、解決しようとする課題を明示することで、この目的を達成するために必要なアルゴリズムプロセスを推知できるようにしなければならない。また、この必要なアルゴリズムプロセスは、独立項に記載されなければならない。

さらに、多くのコンピュータビジョン特許において、タスクを達成するために機械学習アルゴリズムが採用されており、機械学習アルゴリズムはその多くが既に学術文献に開示されている。出願前の先行文献検索を行うにあたって、出願人は、学術文献の検索も怠ってはならず、それによってはじめて出願が既知の先行技術の下で新規性、進歩性などの特許性要件を満たすと判断できるか否かを正確に判断することが可能となる。

メタバースの経済体系

メタバースの経済体系は、ブロックチェーン、スマートコントラクト、非代替性トークン(Non-Fungible TokenNFT)などの技術を中心に実現されるものであり、これらの技術は多くの場合、コンピュータソフトウェアの機能によってのみ実現される仮想オブジェクトである。特許を出願する場合、出願人は、台湾専利法第21条に規定される発明の定義に違反する問題がないかどうかに注意を払う必要があり、明細書においてコンピュータソフトウェアの機能の動作プロセスを具体的に記載しなければならず、コンピュータがその機能を実行した結果のみ記載することは避けなければならない。

また、この種の特許出願の請求項が方法クレームである場合、方法のステップ全体において人為的取決めのツールとして使用されるに過ぎないと判断され、明らかに発明の定義を満たさない態様であるとみなされることを回避しなければならない。従って、人為的な操作であると見なされることのないように、方法のステップを実行する主体に注意しなければならない。さらに、台湾では間接侵害に係る罰則がまだ導入されていないことなどを鑑み、将来的な権利主張の有効性を確保するために、出願に係る発明の方法におけるすべてのステップは、単一の装置によって実行されるものでなければならない(例えば、単一の方法クレームにおけるすべてのステップはサーバーによって実行される、など)。異なる装置または主体によって実行される方法のステップは、それぞれ異なるグループの方法クレームに記載しなければならない。こうすることではじめて、将来的な権利主張において、単一の侵害者に対して個別の権利主張を行うことが容易となる。

現実面への復帰

現実面について処理すべき課題は、VR酔いがユーザーにもたらす身体の不調であり、この分野の特許技術のほとんどがVR酔いにおける輻輳(ふくそう)調節矛盾(Vergence-Accommodation Conflict,VAC)の解消を探求したものである。この技術はますます成熟しつつあり、学術文献にも多くの関連する研究成果が開示されている。従って、出願前の先行文献検索では、特許文献と非特許文献のいずれであっても十分に参考にしなければならず、さもなければ、特許出願に係る発明が新規性および進歩性などの特許性要件を満たすか否かを総合的に判断することはできない。

終わりに

台湾のメタバース技術の特許出願動向は世界的な動向とほぼ同じであり、近年、国際的な大手ハイテクメーカーが相次いでこの分野に参入している状況において、台湾のハイテクメーカーも一定程度の研究開発の投資を行って特許ポートフォリオの構築を進めることが予想される。関連する国際的な上流および下流のハイテクメーカーにおいても、製造上の理由によるものか市場に対する考慮によるものかを問わず、台湾での特許ポートフォリオ構築を進めることが予想される。そのため、メタバース技術の実態を分析することで出願戦略や審査に有利な特許文書作成の注意事項を予め策定しておくことは、ポートフォリオ構築における効率と将来的な効果を高めるのに資するものと考える。

PDFでの閲覧はこちら
SHARE
BACK TO INDEX

RELATED

関連情報

CONTACT

お問い合わせ

特許・意匠・商標の国内・国外出願に関するご依頼はフォームよりお問い合わせください。