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中国における通信分野特許の創造性審査に関する技術的示唆

目次

要旨:中国の「専利法」において、「発明の創造性(進歩性に相当)とは、従来技術に比べ、当該発明が際立った実質的な特徴および顕著な進歩を有することを指す」と規定している。本文では、中国における通信分野特許の創造性審査に関する技術的示唆について検討する。

技術的示唆について

中国の「専利法」において、「発明の創造性(進歩性に相当)とは、従来技術に比べ、当該発明が際立った実質的な特徴および顕著な進歩を有することを指す」と規定している。一方、発明の際立った実質的特徴の有無の判断とは、当業者にとって保護を要求する発明が従来技術に対し自明であるか否かを判断することである。

通常、「スリーステップ法」※1に従って、保護を要求する発明が従来技術に対して自明であるか否かを特定することができる。具体的に、従来技術の全体が技術的示唆を与えたか否かを特定する。つまり、第2ステップにおいて特定された区別的な技術的特徴を最も近い従来技術に用いて、存在する技術的課題(即ち、実際に解決しようとする技術的課題)を解決する示唆を従来技術が与えたか否かを特定することである。この示唆は、当業者が最も近い従来技術を改良して前記技術的課題を解決し、保護を要求する発明を得る動機づけになる。従来技術にこのような技術的示唆がある場合、発明は自明であり、際立った実質的特徴を有しない。

通常、区別的な技術的特徴が公知常識、最も近い従来技術に関連する技術、或いは別の引用文献に開示された関連技術である場合、従来技術に上記の技術的示唆があるとされている。以下、中国ファーウェイ社の通信分野の特許審査を例として、通信分野特許の創造性について、審査に関する技術的示唆の検討事項を簡単に説明する。

※1 スリーステップ法
ステップ1:最も近い従来技術を特定すること
ステップ2:発明の区別的な技術的特徴および発明が実際に解決しようとする技術的課題を特定すること
ステップ3:保護を要求する発明が当業者にとって自明であるか否かを判断すること

通信分野特許の創造性についての審査事例の簡単な説明

出願日が2017年1月6日である特許は、2020年7月31日に拒絶された。その後、出願人が2020年11月12日に提起した復審請求に対し、専利局復審および無効審理部は、2021年2月18日に再審査を決定し、拒絶査定を取り消し、2021年4月に権利付与通知書を発行した。以下、該特許の内容およびその審査意見について簡単に説明する。

本特許の背景技術:5GNRの各サービス、各展開シナリオ、および各スペクトル等に対応するサービス需要を満たすために、アップリンク制御情報(Uplink Control Information、UCI)の種類を5GNRに追加する必要がある。そのため、端末装置は、同一の時間単位内でアクセスネットワークデバイスに複数のUCIを報告する必要がある。しかし、端末装置がアクセスネットワークデバイスに複数のUCIを同時に報告すると、UCI報告の競合が発生し易く、複数のUCIを全て報告できない恐れがあり、ビームフォーミング情報の紛失により伝送性能に影響が出る。

本特許の技術的発想:端末装置は、同一の単位時間内に送信すべきN個のUCIを決定し、該N個のUCIの優先度に従って、N個のUCIの内、優先度が最も高いM個のUCIをアクセスネットワークデバイスに送信する。該方法において、端末装置は、N個のUCIを全て報告する代わりに、N個のUCI内で順位付けて、優先度が最も高いM個のUCIを選択してアクセスネットワークデバイスに送信することで、UCI報告の競合を効果的に回避し、UCI報告の成功率を確保し、データの伝送性能およびサービスの需要を効率よく保証することができる。
本特許の請求項1は以下の通りである※2

※2
影付き部分:引例との区別的な技術的特徴
下線部分:復審請求の際に追加された技術的特徴

端末装置は、N個のアップリンク制御情報UCIを搬送するために使用されるリソースが時間領域で部分的または完全にオーバーラップすることを決定し、前記N個のUCIは、少なくとも1つのビームチャネル品質情報と、チャネル状態情報、および確認応答ACK/否定応答NACKのうちの少なくとも1つを含む。
Nは2以上の正の整数であり、前記ビームチャネル品質情報は、端末装置により選択されるビームのチャネル品質を示す情報である。
前記端末装置は、前記N個のUCIの優先度に従って、前記N個のUCIのうちのM個のUCIをアクセスネットワークデバイスに送信する。
前記M個のUCIの優先度は、前記N個のUCIのうち、他のNM個のUCIの優先度より高く、MはN以下の正の整数であり、前記ビームチャネル品質情報の優先度は、前記チャネル状態情報の優先度より高く、前記確認応答ACK/否定応答NACKの優先度より低いことを特徴とする情報伝送方法である。

引例1:LTE(即ち、4G)のキャリアアグリゲーションシステムに関し、アップリンクチャネルでアップリンク制御情報(UCI)を送信する方法およびデバイスは、22ビットを超えるUCIの伝送が可能であるが、複数種類のUCIのネットワークへの同時報告に関わっていない。

引例2:LTEシステム(即ち、4G通信システム)および他の類似通信システムに応用できるデータ伝送方法に関して、該方法は、LTEシステムのUCIの優先度を順位付け、ユーザ機器と基地局とにおける制御情報の送信の伝送プロセスを簡素化することにより、データ伝送の時間遅延を低減させることを開示しているが、新しいUCIパラメータのビームチャネル品質情報に関わっていない。本特許は、復審請求が受理された後、元の審査部門により前置審査が行われた。

元の審査部門は、前置審査の意見書において次の通り指摘している。

引例1には、UCIのリソースが時間領域で部分的または完全にオーバーラップすることが開示されている。UCIは、端末装置により選択されたビームのチャネル品質を示す情報であるビームチャネル品質情報を含んでいる。当業者は、必要に応じて該情報を選択することを容易に想到できる。引例2は、「UCIに各種の情報が含まれ、これらの情報が競合する場合、各種の情報に対して優先度を設定し、優先度に従って送信する。優先度が高いものが優先的に送信される。優先度の順位は必要に応じて設定可能である」ことが開示されており、相応な技術的示唆を与えている。これに対し、ビームチャネル品質というUCIの情報は、本願の発明のポイントではなく、本願の技術的課題を解決するためのものでもない。本願の技術的課題は、UCIの異なる優先度に従って送信することによって解決されるのである。また、ビームチャネル品質情報は、ビームフォーミング情報に含まれているため、当業者であれば、必要に応じてアップリンク制御情報としてアップリンク制御に関する情報を用いることを容易に想到できる。上記の理由により、拒絶査定を維持している。

これに対し、復審合議体は次の通り指摘している。引例2は、優先度に応じて送信順を決定することが開示されているものの、「N個のUCIが少なくとも1つのビームチャネル品質情報を含む」こと、および、「前記ビームチャネル品質情報が端末装置により選択されるビームのチャネル品質を示す情報である」ことが開示されておらず、「ビームチャネル品質情報の優先度が、チャネル状態情報より高く、確認応答ACK/否定応答NACKより低い」ことも開示されていない。引例2におけるUCIは、いずれもLTEおよびその他の既存の通信システムで一般的に使用されるものであり、ビームチャネル品質情報にも、ビームチャネル品質情報とチャネル状態情報およびACK/NACKとの優先度の比較にも関わっていない。従って、引例2は、5Gシステムにおけるビームチャネル品質情報をどのように取り扱う/処置するかについて、何らかの技術的示唆を与えていない。

引例1にも、ビームチャネル品質情報が開示されていない。従って、引例1もビームチャネル品質情報の設定方法に関する技術的示唆を与えていない。当業者は、引例1および引例2に開示された「アップリンク制御情報を伝送する」ということを基に、上記の区別的な技術的特徴を実現する動機がない。また、上記の特徴が当該分野の公知常識であることを示す証拠もない。さらに、上記の区別的な技術的特徴は従来技術では達成できない技術的効果を実現している。
従って、請求項1が保護を請求する発明は、引例1、引例2および当該分野の公知常識に対し、際立った実質的特徴および顕著な進歩を有しているため、創造性を具備する。本願の拒絶査定を取消し、元の審査部門が引き続き審査手続きを行う。

通信分野特許の創造性審査に関する技術的示唆の検討

全体的な検討

通信分野特許の創造性について、複数の引例を組み合わせて評価する際、特定された区別的な技術的特徴が別の引例に開示された関連技術手段である場合、該技術的手段が該引例において果たす作用と、該区別的な特徴が、保護を請求する発明において新たな技術的課題を解決するために果たす作用とが同一である否かを明確にしなければならない。

なお、創造性を審査する場合、審査官は、発明自体を検討するだけでなく、発明の技術的分野、解決しようとする技術的課題およびそれによる技術的効果を検討に入れ、全体から発明を見なければならない。

従って、本案件の再審査において、合議体は次のことを明らかにした。特定された区別的な技術的特徴は、引例2の技術手段と異なる作用を果たしており、引例2では達成できない技術的効果を実現している。即ち、「UCIが端末装置により選択されたビームのチャネル品質を示す情報を少なくとも1つ含む」ことで、アクセスネットワークデバイスは、ビームチャネル品質情報を受信することにより、後続のダウンリンク送信を実行できるよう、より良いチャネル品質を持つビームを特定できる。これにより、長時間待ちの回避、およびサービス要求の確保を効果的に実現し、伝送効率を高めている。更に、ACK/NACKは、アクセスネットワーク装置と端末装置との間のデータ再送などの情報を決定するため、伝送性能に大きく関わっている。そのため、優先度がビームチャネル品質より高いACK/NACKを設定することで、伝送の信頼性を確保し、伝送性能を向上させることができる。従って、請求項1は創造性を具備する。

「当業者」の能力およびタイミングを正確に把握する

審査基準を統一させるために、特許審査には「当業者」という概念がよく使われている。ここで、明確にすべきなのは、「当業者」の能力である。つまり、「1、出願日(優先権日)以前の周知技術を知り、当該分野における従来技術を把握できること;2、一般的な実験の手段と能力を持っているが、創造する能力がないこと;3、解決しようとする課題によって、関連分野における従来技術、一般的な技術的知識、一般的な実験の手段を取得できること」である。

前置審査では、審査官は、「当業者」の認知能力を超えた判断をし、出願日(優先権日)以前というタイミングを正確に把握しておらず、「当業者」が一定の創作能力を有しているとしたため、創造性を具備しないと判断されたのである。

一方、復審合議体は、「当業者」の能力、および出願日(優先権日)以前というタイミングを正確に把握した上で、通信分野の特徴を結び合わせて、「当業者」が引例1および引例2に開示された「アップリンク情報を伝送する」ということから、上記の区別的な技術的特徴を実現する動機がないことを明らかにした。

革新を促進する

通信分野において、新しい技術や規格が生まれやすい。先端技術分野の科学技術革新を促す観点から、通信分野の発明は先駆的発明というより改良発明が多い。従って、通信分野に係る改良または革新については、客観的に達成できるという審査論理を完全に踏襲することはできない。改良発明については、従来技術に関連するまたは部分的に同一の技術的特徴を用いることを踏まえて、それによる発明の有益な技術的効果と新技術の発展動向を総合的に判断しなければならない。

本案件の場合、合議体は、区別的な技術的特徴が通信分野にもたらした有益な技術的効果を結び合わせて、技術的示唆と創造性とを総合的に判断した上で、創造性を有すると判断したのである。

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